現在残る神戸タコ焼きを幾つか食べたが、懐かしくて良いと思ったが、厳密には現時点では各店少しづつ不満が残る事も事実である。多くは出汁が少なすぎるように感じられ、出汁のうま味を存分に堪能出来ないように感じられる。思うに明石風タコ焼きとの兼ね合いで、ある程度影響を引きずっているのか少し明石風の立場をとった少し出汁の少なめの店が多いように思う。
感じとしては「味一」が最も出汁が充実して昔の神戸タコ焼きに近い様に感じられる(ただ粉ものが欲しかった)。またソースをかけを基本としない店もあり、少し物足りない。又掛け物(イリコ粉、カツオ粉、一味、青海苔などなど)が少ない店が多い事も不満である。
思うに神戸下町タコ焼きは出汁のうま味にイリコ粉やソースの味、その他をこれでもかと云うほどプラスして思う存分の味を現出した所に子供たちが求める面楽的な良さがあるのではないかと思う。この面楽的な美味さと云う要素は重要で、これが成長期の子供の身体が欲する真に重要な栄養素なのである。それが各子供たちが比較的自由に(自分の身体にあったように)調整できる事に深い意味がある。出来合いの菓子ではで不可能な素晴らしい子供おやつ文化なのである……と思う。
玉子焼きの柔らかさで出汁のみで味わう明石焼きの上品さとは此処が違う所なのである。この味は冷やや、もしくは茹でた水鳥(※)と一緒に頂くには最高の肴であるが子供おやつではない。
かくした下町の存分の味を現出してくれる店がないか、次回神戸入りした時により深く調査したいと思う。
ともかく明石焼き、大阪タコ焼きの狭間にある神戸タコ焼きの立場として、現在の有り様は少し中途半場と云う感じがする。様々なうま味のオーケストラの世界を作ったはずの神戸下町タコ焼きが、明石風だったり大阪風だったりするのでは神戸タコ焼きの良さが100パーセント発揮されないのではなかろうか。大阪タコ焼きは出汁を遣わない代わりに様々な材料を混入して独特の味覚の世界を現出しているのであり、それに対抗するには存分なる出汁の量と様々なフリカケ物が必要なのではなかろうか。
早い話しが現在の有り様では大阪タコ焼きの愛好者が神戸タコ焼きを食べた所で多くの場合その中途半端な味に物足りなさを感じがっかりしてしまうのではなかろうか?
ともかく現在の神戸のタコ焼き屋さんにもまだまだ研究をして頂いてより深い独特の味の世界を現出して頂きたいと切に願う所なのである。
いま少し不満を漏らせば、もう子供ではないからかまわないが、子供が食べるにしては少し高めの感じなのがきになる所ではある。40年前ではあるが、5円で食べせていた「磯田」さんは凄い店であった。
※勿論これは熱燗の譬えである。
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